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人間関係のこと

友達がいない、と悩んでいる方へ

人との関係性を考える上で

親密さ

は、とても重要な尺度になります。

最も親密なのは、

家族

でしょう。

気持ちの問題だけでなく、

血が繋がっている
同居している
経済的に支え合っている

といった外的な要因からも、とても密接な関係といえます。

その次は、

恋人
友人
知人

といった感じで親密さは低下していくと思います。

しかし、友人・知人に関しては明確な定義もなく、気持ちの問題にとても左右されます。

自分は恋人だと思っていても、
相手は友人としか思っていない

といったすれ違いが生じるのも、個人の主観が大きく作用している証拠といえるでしょう。

最近は、

メル友
ママ友

など、友人とはいえないような希薄な関係性 に対しても安易に「友」という言葉を使うことで、却って距離の取り方が分からなくなっている方も多いように思います。

職場の同僚やママ友などは、プライベートのお付き合いがどの程度かでかなり差が出て来るはずで、一括りにはできないものではないかと思います。

しかし、言葉は想像以上に人の気持ちを縛るものですから、「○○友」ということで、なんとなく

一人じゃない
友達がたくさんいる

と安心することはできるようです。

実際に親密さを上げたいなら、

達成感を共有すること

です。

学校などの集団生活では、自然とそれができるようになっています。

でも、大人になるとなかなか難しいですよね。

目的よりもしがらみでつながるようになりますし、自分を曲げられなくなりますから、トラブルになるとこじれがちです。

喧嘩をしてお互いをすり合わせるよりは、深入りせずにいたいと思う方も多いと思います。

「知人」程度のつながりの方が、揉めごとは起こらないかもしれません。

とても感じ良くて屈託がないのに、

友達がいない

とお話しになるクライアント様は意外といらっしゃいます。

他人様と真摯に向き合おうとする方ほど、わきまえをもって他人様と接しているのでしょう。

そう。

みんな寂しいんですよね。
あなただけじゃないんです。

人はみんな独りで生まれて来て、
独りで死んで行くのです。
孤独で当たり前、
寂しくて当たり前なんです。

でも、生きている間は、
本当に孤独になってしまうこともありませんから、
悲観することはないんですよ。

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問題なのはママ友でもLINEでもなく○○です。

先日、友人からこんな事件のことを教えてもらいました。

『授業参観中にわが子そっちのけでLINEに野次馬…ママ友のマナーに怒りの声』
http://spotlight-media.jp/article/192584388128197733

もしこの記事をお読みいただくのであれば、ぜひリンクから全容をご一読いただければと思いますが、一応、概要を書いておきます。

【経緯】
・ある小学校の授業参観での出来事。
・授業参観中に、ママ友たちがLINEで連絡を取り合い、ある児童のいる教室に集合。
・「あの子、ひどいのよ」などとその児童を罵る。
・後日、担任がプリントにこの出来事を記載し問題提起する。

【プリントで指摘された問題点(原文まま)】
・授業参観でよそのお子様の様子について他の方々とひどいと決めつけてやり玉にあげる。
・自分の主観的な見方を不特定多数に伝える。
・他の方からの言葉かけに簡単に応じてわが子の授業参観を中途半端にしてしまう。
・授業中に他学級に興味本位に入り込む。

このプリントはツイッター上で公開され、多くのコメントが寄せられました。

この事件について、どのように思いますか?

やっぱりLINEて怖い!

と思いますか?

ママ友の中には入りたくない!

と思いますか?

私は、この問題の論点はLINEでもママ友でもないように思います。

これは 集団リンチ です。

その加害者がたまたまママ友で、実行するために利用したツールがLINEだっただけではないかと思います。

このような複数の人間による私的な制裁(私刑)が起こるのは、ママ友に限ったことではありません。

年配の方でも、
男性でも、
もちろん子どもでも、

本当によくあることではないかと思いますし、日本では特にその傾向が強いと思います。

日本において、

人と仲良くする

ことは、

人に合わせる

こととほぼ同義です。

自分の意見を持つことよりも、その場の空気に同調することを、(ある意味、強迫的に)重んじるところがあります。

なので、

みんな聞いて聞いて!

と扇動する人がいれば、一定の規模の、結束力を持った集団は簡単に形成されます。

そんな風に「仲良く」することが大好きなのが日本人です。

もちろん、結束することは決して悪いことではなく、多くの人にとって利益となるような目的や理念を共有したとき、日本人は素晴らしい力を発揮します。

しかしその中で少しでも悪目立ちしたり、違う意見を持つ人が現れたりすると、一転して 

つるし上げ
集団リンチ

という陰惨な状況に陥ってしまう傾向も強いのです。

実のところ、結束するのに最も簡単な方法は

絶対的に「悪」なターゲットを決めて、全員で攻撃すること

だったりします。

この事件のママ友さんたちも、きっと正義感で結束したのだと思います。

「こんなにひどい子にはお灸をすえなければ」

という気持ちだったのでしょう。

非常識なふるまいも、

「非常事態だからやむをえない」

という理由付けをすることでしょう。

ターゲットにされてしまった児童に、どのような言動があったのかは分かりません。

しかしママ友さんたちの理屈を借りれば、その児童にも「やむをえない」ものがあったということです。

このようなときは、「ひどい」と罵る前に、

本人の言い分を聴くことが絶対に必要

なのです。

ママ友を最初に扇動した方は、
自分の身勝手な判断で不特定多数の人間を巻き込み、
トラブルを大きくしたに過ぎません。
そして本人のあずかり知らないところで
追い込もうと画策した卑怯者です。
同調したママ友にも同じ悪質さがあります。

集団リンチをやってはいけない理由はそこにあります。

日本は法治国家ですから、そもそも私的な制裁は禁止されていますが、

そのような素養があるか否かは別として、

大人として知っているべき
「やってはいけないこと」
もあるのではないかと思います。

人間は完璧ではありませんから、

つい無神経なことをしてしまったり、
つい意地悪な気持ちになってしまったりして、

人を傷付けてしまうことはあります。

しかしそれに対する制裁もやはり、フェアなものであるべきではないかと思います。

結局のところ、それが一番早く解決する道なのです。

トラブルはさっさと解決したいですし、そもそも

無関係

でいたいのが人情。

日本人の合わせ上手な特性は、

話を大きくする目立ちたがり屋さん

には発揮しないでおきませんか?

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私がLINEをやらないたった一つの理由

LINEというアプリがあります。

24時間、いつでも、どこでも、無料で好きなだけ通話やメールが楽しめる新しいコミュニケーションアプリです。

という宣伝文句がとても魅力的なアプリです。

私もまだリリースされたばかりの頃に友人から誘われ、

「おお!」

と思ったことがあります。

しかし、

電話番号の登録が必要
提供会社の情報管理があまり信頼できない

などの理由で「少し様子を見よう」と思い、現在でもまだ利用していません。

その間、LINEは急激な勢いで広まり、一時期は、

スマホを利用しているのにLINEをやっていないのはおかしい

という雰囲気まで感じたほどです(ただこの現象は日本だけで、海外ではあまり評判の良くないアプリなのですが…)。

そうなってから誘われるとまた断りづらかったのですが、やはり手を付けることはありませんでした。

それは、上に挙げた理由にプラスして、

既読無視

という概念が出て来てしまったからです。

私は、なぜ既読無視をしてはいけないのか分かりません。

なので、LINEを断っても険悪になるかもしれませんが、始めたらもっと険悪になってしまう と思い、やらないのです。

今となっては、私がLINEをやらない最大の理由はこれかもしれません。

そもそも、メールは返信を強要するものではなく、

読みたいときに読んで、
返信したいときに返信してくれればいいよ

というやり取りをするために利用するものです。

どうしても読んで欲しい
どうしても返事が欲しい

というときには、

一言添える か
電話を利用する

のが原則です。

自分のタイミングで返信がないととてもがっかりしてしまうこともありますが、それは初心者にありがちなことで、数をこなしていれば自分も相手にとってベストなタイミングで返信できるとは限らないことも分かり、

よくあること
おたがいさま

と慣れてしまうものだと思います。

それでもストレスを拭えないような相手とは、ご縁がなかったと思ってやめておいた方がいいでしょう。

深入りは禁物です。

誤解があるならリアルでその時期を待ちましょう。

それにLINEの「既読」という機能も、本当に目を通して、内容を頭に入れたかどうかは

分からないのです。

返信があったとしても、それが本当に本人が送信したものかも分かりません。

赤の他人が乗っ取っているかもしれないのです(なのでお子さんとの連絡は、基本、電話が良いのでは、と思います)。

そのくらい、メールを介したやり取りは、間接的であいまいなものです。

表情の見えない相手から笑顔のスタンプが来たとして、どれだけ信用できますか?

オンでもオフでも違和感のない関係は、相当に親密なものであるはずです。

私がそんな風に付き合えるのは、家族とごく限られた友人だけです。

家族とはiMessageの既読機能を利用していますが、毎日連絡を取り合う上でとても便利ですし、もちろん既読無視のオンパレードです。

友人に関しては、込み入った話をすることもありますが、ネット上のことはネット上で完結し、それをリアルに持ち込むことはありません。

私が誰かの愚痴をこぼしたとして、リアルでその「誰か」をつるし上げるようなことは

決してしない人たちです(自分が何かされたわけではないのですから)。

ネットスラングが軽く出てくるほど使い込んでいる人たちですし、メールの返信がないのも当たり前ですが、だからこそ、無駄なトラブルもなく続いているのだと思います。

相手の気持ちを詮索しないで付き合えるようになるには、それなりの時間と経験を共有する必要があります。

ただ友達申請を承認してもらっただけで、そのような関係には決してなりません。

しかしSNSは、共有する「情報」はとても多く、見かけ上、かなり強くつながることになってしまいます。

誰が仲間で、誰がそうでないのか、すぐに分かってしまう露骨さもあります。

インターネットを利用するには、実際、

かなりのメンタルトレーニング

が必要なのです。

そしてそもそも無法状態から始まっており、秩序や道徳はトラブルが発生してから議論されているのが現状です。

それを知識のほとんどない大人が利用して、更に子どもにも使わせるようになっています。

この現実を、しっかりと自覚していなければなりません。

とはいえ、既読無視は、実際にデータを取ってみると、それほど気にしている人はいないようです。

『既読スルーをする人よりも、されて腹を立てる人の方が人間として大事な部分が欠落している。』
http://matome.naver.jp/odai/2140626321445834901

結局のところ、人間関係のトラブルって、過剰反応する一部の人に周りが振り回されているだけなんですよね。

なので、普段、物言わぬ人が、ネットを毒吐き場にするのには、ちょっと寛容な私だったりします。

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ズキッと胸に刺さることがあったときの処方箋

あの人、私のことが嫌いなのかな
今、無視されたよね?
私、いじめられてる…

事実か妄想かは別として、こんな風に自分の周りを詮索してしまうこと、ありませんか?

わざわざ相手に聞いてみるのもヘンだけど、
ズキッ と胸に刺さることがあった。

このようなときは、

内心ではモヤモヤと疑ったり、傷付いたりしていても、表情にはまったく出さないタイプ と
すぐ周りに言いふらして「自分は被害者」という立場を確保するタイプ

とに分かれます。

どちらが良い・悪いということはないと思うのですが、カウンセリングにいらっしゃる方は、前者のタイプが圧倒的に多いかもしれません。

普段、自己主張しない分を、カウンセリングで補う傾向がありますし、誰かに相談するとしても、周りに気を遣ってその場に影響のないようにすることを好むからです。

後者のタイプは、先手必勝で悩むことが少ないため、カウンセリングは必要ないかもしれません。

「なにあの人!」とカッとなるタイプには周りも気を遣うものですし…。

しかしいずれにせよ、第三者の目から見ると

そういう目で見ればそうかもしれないけど、本当のところは分からない

ということにしかならないのは確かです。

もし簡単に白黒つけてしまう人がいるとしたら、何か利害関係があったり、著しく批判能力がなかったりするからなのでしょう。

大人同士ですから、周囲への印象操作だけで敵味方に分かれるようなことは回避したいものです。

あまりにも幼稚ですものね。

胸に ズキッ と刺さることがあったとき、

一番良いのは、

気にしない

ことなのですが、既に気にしていることを気にしないようにするのはとても難しいものです。

言葉の暗示という点でも、

○○しない

という否定文は、潜在意識では

○○する

という肯定文で理解してしまうので、

気にしないようにしようと思えば思うほど、
気になって仕方ないという悪循環が生じてしまいます。

どうしても イライラ ムカムカ してしまうときは、

事実か妄想かは、半々です

と思うようにすると良いでしょう。

そして、

もし事実だとしても、半分は相手の事情

だと思えば良いのです。

100%自分で背負うことはありません。

実際、うつっぽいときは挨拶をするのが億劫になることもありますし、劣等感でいっぱいのときは、つい意地悪な口調になってしまうこともあります。

ご縁のある方もいれば、ない方もいます。

こういったことは お互いさま で、どちらか一方を責め切れるものではない ことが分かると、ネガティブな詮索から少し距離を置くことができると思います。

そのあとは、

しっかりと休んで
好きなことをして
おいしいものでも食べて

下さい!

考え過ぎてしまうのは、心が疲れているからです。

女性は、生理周期などで憂鬱感の強いときもその傾向が強く出ますから、

何を置いても自分を大切に。

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「この人、キライ!」と思ったときの処方箋

人間関係が複雑になる原因の一つに、

好き嫌い

の問題があります。

この人、好きだな と思えれば悩みませんが、

この人、嫌いだな と思う人がいると、

途端にその場にいるだけで重たい気分になってしまいます。

人を嫌うとき、その原因は相手にあるとしか思えないものです。

威張ってばかりいる

ガサツでだらしない

嫌味だ

自慢ばかりしている

など、何かしら胸に チクッ  ズキッ と不快感を覚えるから

キライ

と思うのですよね。

一番簡単なのは、同じように感じる人たちと徒党を組んでその人を追い出してしまうことです。

しかし、そのような行動化は

いじめ いびり

と評価されることもありますから、

「追い出してすっきり爽快!」

と思いきや、すべての人にその正当性を主張して歩くのに大変なエネルギーを割くことになるかもしれません。

もう少し内面が成熟すると、

たとえネガティブな感情でも、それを成長の糧にしたい

と考えるようになります。

自分は嫌いだけど、まったく違うことを感じる人もいる

とわきまえるようになるからです。

命の危険を感じたり、犯罪につながったりするような公共性の高い行為になるとまた別の問題になりますが、日常生活の中で人や物事に対して何かを感じるのは、とても個人的なものでしかありません。

突き詰めれば、

自分の内面が映し出されているだけ

といっても過言ではないのです。

自分は嫌いだけど、まったく違うことを感じる人もいる

ということが起こる理由は、そこにあります。

誰かを「キライ」と強く感じたら、まず、

悪口を言っても影響のないところで、その気持ちを思い切り吐き出してください。

我慢は心にも体にも良くありません。

ただ、周囲に影響のないよう、表現の仕方を工夫しましょう(カウンセリングルームはうってつけです)

激情が去ったら、

どうして嫌いなんだろう? と考えてみてください。

最初は、相手のいやなところをあげつらうばかりかもしれません。

同じことを繰り返し繰り返し言ってしまうかもしれません。

しかし、同じところをグルグルしていることに気付くと、

どうして 自分は それを嫌いと感じるんだろう? と考えるようになります。

すると、そんな風に感じるようになった 過去の記憶 が必ず出てきます。

それは、

過去にとても反省した自分 かもしれませんし、

とても傷付いた自分 かもしれません。

「もっとこうすれば良かった」と悔やんでいる自分 ということもあるでしょう。

ひとまとめにすれば、

嫌いな人を見て思い出してしまった、まだ許せていない 過去の自分

なのです。

そして、

その延長線上にいる 今の自分 が、あまり好きではなく、自信が持てない

のです。

そうすると、嫌いな人をどうこうするよりも、

心残りのある過去の自分を育て直したり

見えていなかった今の自分の素晴らしさに気付いたり

する方が、ずっと大切であることが分かります。

人間は、自分のことにしか関心がないものです。

誰かを強く「キライ」と感じるのは、それだけ関心があるということ。

自分と切り離せない何かがある ということです。

それは過去の記憶とつながるものですから、向き合うには少し勇気がいるかもしれません。

しかし、そこには 自分を好きになるチャンス がたくさん詰まっているのです。

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「親友になろう」と「親友だよ」の違い~私の経験から~

30代も後半を過ぎたある日。

私のことを

親友だよ

と言ってくれた方がいました。

その頃の私は、人間関係のわずらわしさは一通り経験した気になっていて、

友達だってしょせん他人。

期待してもしょうがない。

旦那さんと仲が良いのが一番!

としか思っていませんでした。

なのでまさかこれからの人生で、自分のことを

親友

と呼んでくれる人が現れるとは思ってもみませんでした。

嬉しさよりも驚きの方が勝ってしまい、リアクションをしたのかも覚えていません…。

ただ、子どもの頃に

親友になろうね!

と言ってくれた女の子のことを思い出していました。

転入生だったその女の子は、同級生の私がすぐ近所に住んでいることを知ると、登下校から習い事まで何もかも私と一緒に行動するようになりました。

しかし、ある程度自分で何でもできるようになると、もっと気の合う子たちと仲良くするようになり、付き合ってみたらあまり気の合わなかった私の悪口を言いふらすようになりました。

私もやはり、その子のことは好きになれませんでした。

それならそれで距離を置けば良いだけだと思うのですが、私から離れるのは気に入らないらしく、

「もっと仲良くなりたいのに!」

と他の友達の前で大泣きをしたりしていたのだそうです。

私と二人のときはとても仲良くなりたいとは思えない言動を繰り返していても、公では

「仲良くなりたい」

と叫んでいる以上、歩み寄ろうとしない私を非難する人は一定数、存在しました。

この頃の経験は私の中でパターン化してしまい、ときどき繰り返してしまうことがあります。

そんな背景があるせいか、「親友」と言われても手放しでは喜べませんでした。

しかし、頭から疑ってかかる自意識も既になかったので、

ただただありがたく受け止めよう

と思うことにしました。

そして彼女とは不思議と、何でも話せる仲になって行ったのです。

彼女は地方に住んでいるので、年に数回しか会いませんが、会えば記憶が飛ぶほど飲み明かし、言いたいことを言い合います。

異業種ではありますが、人の相談を受ける仕事をしている彼女からは、本当にたくさんのことを学びました。

彼女とはどうしてそんな関係になれたのかを考えたとき、彼女は

親友だよ

と言ったことを思い出しました。

(これから)親友になろう ではなく、

既に私のことを 親友 だと思ってくれていたのです。

その時点では、むしろ私の方が距離を置いていたと思います。

彼女の言葉や、その言葉を裏付ける行動は、そんな私の心を間違いなく動かしました。

一方、

親友になろう

という言葉からは、

まだ親友ではない

○○だったら親友になれるけど、××ならなれない

という言外の意味を受け取っていたのかもしれません。

願いごとを唱えるとき、思いを現実化したいとき、潜在意識にはたらきかけるには

○○になりますように

という未来形ではなく、

○○になりました

もう○○です

という過去形・現在形を用いると良いといわれています。

「既に叶った」という暗示にかかることによって、深くコミットメントすることができるからです。

人間関係では、相手のあることですからお互いの関係性を決めつけるような言い方はできないかもしれません。

しかし彼女には、自分の言葉に責任を持つことで本当にその通りの関係性になる、という経験をさせていただけたと思っています。

私の感覚では、自分一人の願いを叶えるよりずっと大変なことだと思います。

それを軽やかにしてのけてしまった彼女は、

ほんと、スゴイ!

の一言です。

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お前のせいだ!と言われたときに使えるたった一つの言葉

人間関係のトラブルが生じたとき、カウンセリングを利用しようと考える方は、

自分に何か問題があるから、揉めてしまった

と思っていらっしゃることが多いようです。

特定の人からいやがらせを受けていても、その人を懲らしめてやりたいという気持ちももちろんありますが、それ以上に

そんな人を引き寄せている自分に問題がある
自分の性格を直せば、きっと気にならなくなる

と、ある意味とても生真面目なことを考えていらっしゃいます。

人との争いが生じると、その中を構成する人間は、

自分に問題があると考える 自罰型
相手に問題があると考える 他罰型

とに分かれます。

他罰型の人は、まず悩みませんし、カウンセリングを利用しようとも思いません。

根底に「自分は悪くない」という信念がありますから、とても自信に満ちています。

争いが生じても、自分に有利な方向に物事を運ぶことができるでしょう。

しかし、自分のことを棚上げにして人のせいにしてばかりいればおのずと信頼を失いますし、気が付けば 裸の王様 のような事態になっているかもしれません。

一方、自罰型の人は、内省的で優しく、「いい人」という感じの人が多いです。

しかし、相手に責任を求めていいところまで自分で背負おうとしたり、何かにつけ自分に関連付けて考えてしまったりするため、自信を失いやすく、抑うつ状態に陥りがちです。

どのタイプなら良い、悪い、ということではなく、どのタイプにも良いところと悪いところがありますから、

自分の基本的なタイプを知り
他のタイプの行動・思考パターンを参考にしてバランスを取る

というやり方が良いようです。

ほどほどに人のせいにしたり、自分のせいにしたりすると良いということです。

人間関係のトラブルでも、あまりにも一方的で過酷な状況になることがあります。

それは、

他罰型の人が、徹底して自罰型の人を責める

という構造になってしまったときです。

他罰傾向が極端に強い人にとって、自罰型の人の 内省 は、格好の餌食になります。

自罰型の人が、条件反射のように

自分に何か問題があるのかも…

と考えるのと同じように、他罰型の人が

お前のせいだ!

と責めるのも、やはり条件反射のようなものです。

そんなときは、

人のせいにするな!

と一喝してしまうに限ります。

では、こんな状況をイメージしてみてください。

あなたの恋人が浮気をしたので、あなたがそのことについて相手を問い詰めました。

すると謝るどころか、

お前のせいだ!

と言われてしまうのです。

この状況で、

どうして?
私のどこが悪いの?
具体的に言って!

お前が○○だから、他の人に魅力を感じた
お前が○○だから、浮気をしてもいいと思った etc. ...

分かった。
それじゃあ、○○なところを直して、あなたがもう浮気をしないようにする。

というパターンを思い浮かべた方は、要注意です。

まず、浮気は浮気なのですから、あなたを傷付けたことに対して誠心誠意謝るのが筋というもの。

あなたに原因を求めるとしたら、その後でしょう。

もちろん、こじつけのようなものだったら受け入れることはないのですし…。

自罰型の人は、この辺りのことを面倒くさがってしまうことが多いようです。

自分が背負ってしまった方が簡単だと思うのでしょうね。

確かに、実際のトラブルはこんなに分かりやすいものではありません。

筋を通せば全て丸く収まるとも限りません。

しかし、理不尽な思いは必ずどこかで蓄積しています。

カウンセリングにいらっしゃるのは、何か苦しいことがあるからなのです。

そして人間関係のトラブルに苦しんでいらっしゃる方は、

人のせいにするな!

の一言を言えない状況が長く続いているようです。

そんなときのカウンセリングは、

大丈夫。あなたはそれを言っていいんだよ。

と背中を押す役割を果たしてくれます。

もちろん、周囲の環境や人間関係はかなり分析しますので、ただ甘やかすだけのものにはなりませんよ。

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これだけ知っていれば、いやがらせに負けません。

お菓子外しってご存知ですか?

差し入れやお土産が自分だけ回ってこない

という、大人版のイジメです。

検索すると、こんなページも出てきます。

『大人版イジメ…「お菓子外し」が問題になってる』
http://matome.naver.jp/odai/2142346500354191401

職場やママ友の集まりなどで目にしたり、ご自身が「あれ? 今のって?」と思ったりした経験のある方にとって、この

お菓子外し

という言葉は、ピタリとハマるものがあると思います。

お菓子に限らず、「あれ?」とチクリとすることは人の集まるところにいれば一度くらいはありますよね。

考え過ぎなのか、悪意のあることなのか、とても判断の難しいところです。

あからさまな暴言・暴力よりも、こんなチクチクとしたことの方が人間関係を左右しているものではないかと思います。

カウンセリングでも似たようなお話を聴かせていただくことがあります。

しかし、安易に

「それはいやがらせです! 戦いましょう!」

と方向づけることはせず、

クライアント様がどのくらい耐えられそうか

その場に居続ける意志はあるのか

頼りになる味方はいるか

企業の場合は、ブラック企業ではないか

など、慎重に聞き取るようにしています。

もちろん、被害妄想の可能性も考えます。

ただ、クライアント様は、日常生活をきちんとこなしながらお金と時間を掛けてカウンセリングルームにいらっしゃっていますので、ガッツがあって、自分の認識に歪みはないかよく考えている方が多いです。

そのような信頼感をもって、より良い解決を話し合います。

一方で、その流されないところが、反感を買ってしまったのかな、と感じることもあります。

いやがらせをされる方にも原因はあるのかもしれません…。

しかし、たとえ原因があったとしても、返される行為の悪質さが著しく、長期にわたるものであれば、それは既に「原因」とはいえません。
思い当たることがあっても、怯むことはないのです。

いやがらせをする人は、

自分こそが被害に遭っている

自分こそが迷惑している

と騒いでいるものです。

ごく些細なことでスイッチが入り、いつまでも仕返しモードになっています。

悪意よりも正義感で周囲と連帯しようとします。

この連帯感はとても快感を伴うものですから、周りもどんどん煽られ、攻撃が拡大することも…。

しかし、やっていることは「お菓子外し」のような次元のことなのです。

正当な手続きを踏んで解決をしようとはしません。

これは、かなり「病んでいる」状態です。

いやがらせを受け、心にダメージを負ってしまう方もいらっしゃいますが、お話を伺っていると、

実際に病んでいるのは、いやがらせをする側なのだろうな

と感じることも多々あります。

困った人は、困っている人なのです。

もっと言えば、困っている原因を、誰かに転嫁したい人なのです。

ハラスメントの問題は、長期化するにつれ、被害者と加害者の区別が難しくなることがあります。

被害者が思い余ってやり返すこともあるからです。

しかし、内面を掘り下げると、

被害者の方はどこかで徹底的に自分を責めています

自分のせいでこうなったと哀しんでいます

その「痛み」があるかないかは非常に大きいですし、行動となって顕在化するものではないかと思います。

会社を辞めるとか、加害者を追い出すといったことは、外側のことでしかありません。

心から決着するのは、本当は加害者こそが病んでいることを知り、

徹底的に加害者を見下せたとき

です。

カウンセリングでも、哀しみを通り越し、怒りでいっぱいになっている方は、大きく飛躍することが多いです。

なので、ラウレアは悪口大歓迎です!

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人と関わるのが怖いとき、不安がスーッとなくなる秘訣

対人恐怖症は、日本人に突出して多いといわれています。

人と関わるのが怖い

という気持ちにも、いろいろなものがあると思います。

人を傷つけそうで怖い、と感じる人もいれば、

人に笑われそうで怖い、と感じる人もいます。

日本では、後者 のタイプの対人恐怖症が多いのだそうです。

その場の空気を読んで合わせることを重んじる

独特なコミュニケーションが背景となっていると考えられます。

「私は私」と思えなくて苦しんでいる方はたくさんいます。

「そうなれたらいいな」と思うのと同じくらいの強さで、

イタい人だと思われたくない

恥をかきたくない

と不安に駆られています。

おとなしくしていればトラブルは避けられるかもしれませんが、

適度に発散しないと不満でいっぱいになってしまいます。

かといって、無理に声を大きくしたり口数を多くしたりしても、

自信のなさを見透かされて却ってギクシャクしてしまうこともあるでしょう。

これはコミュニケーションのスキルの問題ではなく、

不安 という根っこが災いしている

と考えた方が良いかもしれません。

人と関わるのが怖い

という気持ちの強いときは、

他人様に対して少し「無関心」になることから始めると良いと思います。

無関心とは、もちろん無視することではありません^^;

その場の空気の原因を、自分に求めないこと です。

なんだかしらけた空気も、張りつめた空気も、和やかな空気も、

きっと自分のせいではないのです。

多少は影響していても、100%その場の空気を支配することはありません。

相手は相手で、思いもよらないことを考えているものです。

人間は、「自分のせいだ」と強く感じる人に責任を追及して行きますから、

一人で抱え込まずに 連帯責任の精神 で行きましょう!

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どうして悪口を言われるのだと思いますか?

人の集まるところに、トラブルはつきものです。

大人同士なのに…

と溜息をつきたくなるような揉めごとは、あちこちに転がっています。

「よくあること」と流してしまえるときもあれば、耳を疑いたくなるような言葉を浴びせられ、ショックを受けてしまうときもあります。

言葉の悪質さだけでなく、それが公の場であったり、大切な人がそばにいたりするときだと、更にダメージは大きくなるでしょう。

心に衝撃を受けたとき、人は必ず

なぜ? どうして?

とグルグル考え始めます。

意識が自分の内側へ、内側へ入って行くような感じです。

「どうして?」という気持ちは、もっと具体的にいえば、

私、何か悪いことしたかな?

ということです。

しかし、この思考パターンが、悪口を言われやすくしている原因ともいえます。

どこかで、「自分は悪口を言われて当たり前」という自信のなさはありませんか?

人間には、いやな気持ちを人にぶつけるタイプと、

それを受け止めてしまうタイプとがいます。

もちろん、個人の中に両方の傾向はあるので、「どちらかといえば…」という範囲の話にはなりますが、人が集まった場合は、「役割」として決まってしまうこともあるのです。

悪口を言う人にとっては、言われた原因は自分にあると思う人ほど言いやすいものです。

それは、言い返さないから。

言い返さないことが、暴言をエスカレートさせていることもあるのです。

しかし、言い返さないのは、気持ちの弱さだけではありません。

上下関係やTPOを考え、人並みの分別が働けば、黙っているしかないことも多々あります。

反撃が怖いということもあるでしょう。

ご相談の中にも、このようなお話はよく出てきます。

カウンセリングを受けられる方は、どちらかというと「言われやすい」「言い返さない」タイプの方が多いようです。

トラブルの真っ只中にいる方もいれば、過去のことを引きずって、今の自分に自信が持てなくなっていることもあります。

私もどちらかというとクライアント様に近いタイプなので、

(私も似たようなことがあったな…)

と思うことが多いです。

本当に理不尽で、理由を追及したくなりますよね。

しかし一つ言えるのは、

本当の理由は決して分からない

ということ。そして、

でも、そういうことはあるんだよ

ということです。

経験的には、あまり真正面から受け止めずに、

大声で笑ったり

自分から挨拶をしたり

さっさとその場から離れたり

相手が悪口自体を言えない、自分も聞こえない状況にしてしまう方が良いように思います。

悪口を言う人には、感じ良くするとひるみますよ。

腹は立ちますが、反省させよう、償わせようと考えるより、自分もどこかでその人の悪口を言って、鬱憤を晴らせば良いでしょう。

さっさと発散して、楽しいこと、好きなことに励んでいれば、いつの間にかステップアップしているかもしれません。

悪口を言われたときほど、目線は少し上にすると良いようです。

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